1-6『アンデッド村から月橋の街へ・同僚隊と五森姫の接触』


勇者達と自衛隊は村を離れた
最初に村を発見した高所で陣を張り、朝を待つ
自衛たちは焚き火を囲み、話をしていた

君路の勇者「なるほど…あの魔術師はそんな考えを…」

偵察「ああ、とんでもねぇ姉ちゃんだったぜ…」

偵察は魔術師から聞いた、村での事態の全容を皆に話した

自衛「平和のために人類をゾンビ化とはな…まぁ、村を出て色々知りたくないことを
    知っちまったんだろうな…」

自衛はテッパチを脱ぎながら苦い口調で言う

村娘「………」

衛生「しかし、下手をすればあの魔術師の人の研究は
    裏目にでるかもしれませんよ…?」

衛生が指揮車の後部ハッチから出て、歩いてくる

偵察「あぁ?どういうこ…」

君路の勇者「戦士の容体はどうだった!?」

偵察の言葉を遮り、勇者は衛生に差し迫った

衛生「落ち着いて、多少怪我はありますが体調は健康そのものですよ。」

碧明の戦士「あったりまえだ!この程度、屁でもないぞ!」

戦士が後部ハッチから顔を出し、腕をブンブンと回す

勇者「よかった…」

衛生「屁でもないのは結構ですが、念のため朝までは安静にしていてください。」

碧明の戦士「ふぇぇい…」

戦士は顔を引っ込めた

自衛「…裏目に出るって言うのは?」

衛生「魔術師…村娘のお姉さんの研究は死者を復活…とはとても言えないでしょうが、
    死んだ人間をもう一度動かすということ…
    こんなものが世に広まれば確実に軍事転用されます。」

君路の勇者「!」

偵察「だろうな…」

衛生「彼女は薬になんらかの手を加えて、自分の命令しか聞かないというプロテクタを
    かけていたようですが…彼女が死んだ今、そのプロテクタは無意味となりました。
    そして、この薬の存在がこうして明らかになった以上、
時期に仕組みも解明されるでしょう。」

自衛「そんな代物、できれば表に出さずに葬り去りたい所だが…」

君路の勇者「そんなわけにいくか!それに、この薬の事を伝えなければあの村の惨事を説明できない!」

衛生「でしょうね…」

自衛「あの魔術師が、人類ゾンビ化を達成していれば浮き上がらなかった問題だな。」

君路の勇者「な、自衛!不吉なことを言わないでくれ!」

自衛「ああ、だがあのねーちゃんのやり方を頭ごなしに否定はできなくてな。」

君路の勇者「やめよう、そういう話は…!ともかく、この件は包み隠さず月橋の街へ
       報告を上げる。」

衛生「それが妥当でしょうね。俺はもう少しこの薬を調べて見ます。」

自衛「気をつけろよ。」

衛生は指揮車へと戻っていった

村娘「…」

偵察「…嬢ちゃん、大丈夫…なわけねぇよな…」

村娘「い、いえ…」

自衛「そういやあんた、村がああなっちまったが、他にどこかあてはあるのか?」

村娘「それは大丈夫です、月橋の街の姉の家に…」

偵察「姉?」

村娘「あ、正しくは下の姉です。私達は三人姉妹で、下の姉が月橋の街で
    研究者をやってるんです、そこを頼ろうかと…」

自衛「ならちょうどいい、俺達の目的地もその月橋の街だ。
    勇者、お前らの目的地も同じだったよな?まとめて送ってってやる。」

君路の勇者「それはありがたいが、いいのか?」

自衛「いいもなにも、目的地が一緒でおまけにシキツウなら早く辿り着けるんだ。
    わざわざ別行動すんのもバカみてぇだろ?」

君路の勇者「まぁ、確かにそうだな。」

偵察「旅は道連れだ、遠慮すんなよ。」

村娘「す、すみません。」

自衛「そんじゃ、二人はもう休んどけ。夕方からずっと逃げまわってたんだろ?」

君路の勇者「ありがたいが…それは君達も同じだろう?」

自衛「俺達はここまでシキツウで来たから、お前達ほど疲れちゃいない。
    見張りは俺達が交代でやるから、眠れる時に眠っとけ。」

偵察「嬢ちゃん、こんな目にあった後であれだろうが、少しでも休んでおけ。」

村娘「でも…(ウトウト)…すみません、そうします…」

偵察「シキツウの中にザックがあるからそれを使いな。」

村娘は立ち上がると、指揮車へと歩いていった。

君路の勇者「…わかった、その言葉に甘えよう。ただ、何かあったら叩き起こしてくれ。」

偵察「あんたなら、起こさなくても自分で飛び起きてくるだろ?」

君路の勇者「念のためさ、頼むよ。」

勇者は指揮車の横に張った天幕の下に入り、その場に座り目を瞑る

偵察「おいおい、ザックならお前の分もあるぞ。」

君路の勇者「このほうが慣れてる、心配無用だ。お休み…」

そう言うと、ものの数分で勇者は眠りについた

偵察「…変わった奴だぜ。」

自衛「向こうも俺達に対して、同じことを思ってるだろうよ。」

自衛はテッパチを装着しなおし、立ち上がる

自衛「82操縦手と交代の時間だ、行って来る。」

偵察「ああ…」

自衛が立ち去った後も、偵察はしばらく焚き木の炎を見つめていた


翌朝

偵察「朝っぱらからレトルトだもんな…」

自衛「カンメシじゃないだけマシだろ、あれを朝飯に食うのは御免こうむる。」

衛生「味濃いってレベルじゃないですからね、まずいわけじゃないんですけど…」

82車長「長期保存と栄養補給が前提のカンメシに質を求めるな、っつー話。」

文句を口にしながら自衛たちは朝食をかっこむ

碧明の戦士「変わった味だけどうまいよこれ!」ハグハグ

君路の勇者「珍しい保存形式だな…この米ってやつも興味深い食感だ。」

自衛たちとは対照的に、勇者と戦士は楽しげに糧食を頬張っていた

自衛「そういや村娘のねーちゃんはどうした?」

偵察「飯はいらねーってよ、食欲が沸かないそうだ…」

君路の勇者「…無理もない、ご両親とお姉さん、生まれ育った故郷を一晩で全て失ったんだ…」

自衛「無茶しなきゃいいがな…衛生、あの娘の体調管理を頼む。
    無理に食わせるわけにはいかねーが、ぶっ倒れられたら事だ。」

衛生「了解。」

偵察「頼むぜ。」


同時刻

北西方面偵察隊は特に障害もなく、道中での夜営をはさみつつ、
目標の街へと近づいていた

隊員B「見えましたよ、おそらくあれです。」

隊員Bが示した先を、同僚は双眼鏡で確認する

同僚「ふむ…確かに中規模の街だが、ちゃんと城壁で囲まれている。
    期待できそうだな。」

支援A「煙もあがってねぇしな。」

茶化すように言う支援A

隊員B「もうあんな場面に遭遇するのは御免だよ…」

隊員C「…おい待て、なんか近づいてくるぜ。」

隊員Cが前方を指し示す

接近してくるのは三頭の馬だった

同僚「あれは…騎兵か?」

隊員C「厄介事じゃなけりゃいいがな!」ガシャ

忌々しそうな口調で言いつつ、隊員CはMINIMIに着く

同僚「待て隊員C、命令するまで撃つな!」

隊員C「わかってる。」

同僚「隊員B、停車しろ。」

高機動車はその場に停車し、近付いて来る騎兵の様子を伺う

?「おーい、おーーい!」

驚いたことに接近してくる騎兵の一人が、こちらに向かって手を振ってきた

同僚「?、私達に向けて振っているのか?」

支援A「だろうな、他には回りに何もない。俺達に見えてないだけかもしれねぇが。」

隊員B「やめてくれよ、変な事言うの!」

隊員C「言ってろ。」

隊員Cは照準を騎兵達からはずさない

やがて彼らは高機動車の手前まで来て停止した

?「ちょっといいかい?東の街を山賊から守った連中がいると聞いているんだが、
  もしかして君達、関係者かい?」

おもむろに尋ねてきた騎兵の男に、同僚は警戒しつつ答える

同僚「あ、ああ、守ったかどうかはともかく、その街に介入し
山賊と交戦したのは私達だ…」

?「やっぱりか、こうしてお目にかかれるとは!」

騎兵の男は屈託のない笑顔で言う

同僚「あの、すみませんがあなた方は?」

?「おおっと、これは失礼。私は"木洩れ日の街"に駐留している
騎士隊に所属しています騎兵長と申します。」

同僚「私は陸上自衛隊の同僚といいます、私達の事をご存知で?」

騎兵長「昨日、東の街に派遣された騎士隊が早馬を飛ばして来まして、
あなた方に関する報告を聞きました。
    変わった乗り物を使い、物資確保のために探索を行っていると聞きましたから、もしやと思いまして。」

同僚「そうですか…」

騎兵長「あなた方の目的地は私達の街で?よければご案内しましょう。」

同僚「え、ああ、すみません。お願いします。」

騎兵長達は反転し、馬を走り出させる。

隊員C「おい、奴らを信用して大丈夫なのか?」

同僚「敵意は感じられないし心配ないだろう。隊員B、彼らを追え。」

高機動車は騎兵長達を追い、発進した。


一方、東方面偵察隊は移動を再開、村を通り越え最後の峰を越えつつあった

ブォォォォ!

碧明の戦士「ひゃー、速い速い!」

指揮車の車上で戦士が風を受け、はしゃいでいる

碧明の戦士「すげーなこれ!馬車よりもずっと速いぞ!」

82車長「おい、ねーちゃん。はしゃぐのはいいが勢い余って落っこちたりすんなよ?」

碧明の戦士「わかってる、わかってる!」

衛生「本当に大丈夫かよ…」


指揮車内

村娘「…」

偵察「大丈夫か?」

村娘「お、落ち着かないです…」

偵察「あまり俯いてると酔うから気をつけろ。」

君路の勇者「初めて会った時にも思ったが、君達の装備はすごいな。
他にも似たような物が?」

自衛「まぁな、あまり多くは話せないが。」

君路の勇者「そうか…最初に会った時、君達は自分のことを漂流者と名乗ったが…
       やはり、元いた世界では軍に準ずる組織に属していたのかい?」

自衛「ああ、それで俺達は演習の最中だった。その最中に"何か"が起こって、
    元居た世界から、この世界に飛ばされてきた。」

君路の勇者「…すまないが、にわかには信じられない…」

自衛「一番信じきれてないのは俺達さ、今でも夢なら覚めて欲しいと思ってる。」

君路の勇者「そうか…そうだろうな、僕が君達の立場でもそう願うだろう…」

自衛「そうだ、聞いていいか?」

君路の勇者「なんだい?僕で答えられることなら何でも。」

自衛「むしろお前以外に適任がいないような質問だ。
    お前ら、最初に魔王討伐のために旅をしていると言ったな?
    …この世界の魔王ってのは、どういう存在なんだ?」

君路の勇者「この世界の…君達の世界にも魔王が…?」

自衛「いや、俺達の世界にはいない。
    強大な人や物を表す比喩的な言葉として存在してるだけだ。
    魔王の名で祭り上げられる奴は五万といたが、
    実態を持った本物魔王なんざ、存在したことはない。」

君路の勇者「そうか、わかった答えよう。
       この世界の魔王は、おそらく先程君の行った比喩としての魔王を、
       そのまま実体化したような存在だ。
       腕力、魔力共に比にならない程の力を込めた強大な存在であり、
       地上に存在するほとんどの魔物を従えている。
       数千年に一度、魔王が現れ人間界を滅ぼしにかかるという伝説があった。
       それが現実になったのが五年前だ…」

村娘「…」

君路の勇者「世界の最北東端に"終界の誓国(せいこく)"という国がある。
       そこに突如魔王が誕生し、そこに集った配下と共に国を制圧した。
       さらに、魔王誕生と同時に世界の各地で強力な魔物が誕生し、
野に潜んでいた魔物達も凶暴化した。
       魔王は各地へ侵略の手を伸ばし、近隣の国々は次々と落とされるか、
滅ぼされていった…」

偵察「…まさにRPGの世界観そのものだな…」

村娘「あーる…何ですか?」

自衛「気にするな、勇者、続けてくれ。」

君路の勇者「あ、ああ。それで、各国は連合を結成し魔王軍に対抗したんだ。
       しかし防戦一方で、被害も甚大。防衛線も日に日に押されている。
       やがてこちらを裏切り、魔王側に加担する国まで出る始末だ。」

偵察「ボロクソだな…」

君路の勇者「まったくその通りだ…士気も下がり、国々は疲弊するばかり。
       そんな状況に藁にもすがる思いだったのか、
連合はもう一つの伝説に頼る事にした。」

自衛「大体予想はつくが…」

君路の勇者「おそらく君の思っている通りだ、
      "魔王がこの地に降りるとき、力持つものが現れ必ずや魔王を
打ち砕くであろう"
      それが勇者だ。この伝説にすがった各国は国の中から勇者を選び出し、
      魔王討伐の命を与えた。」

偵察「その一人がおめーさんってわけか。」

君路の勇者「僕は西にある"栄と結束の王国"から選び出された勇者だ。
       ただ…一応自警団には参加していたけど、本職は図書管理士なんだ…」

自衛「図書管理士って…いったいどういう経緯で選ばれたんだ?」

君路の勇者「国の巫女が選び出したらしい、三ヶ月前になるかな…
       突然王宮からの使いが来て何事かと思ったよ…
そして王宮に出向くなり、
勇者として魔王討伐の旅にでてくれないか…だ。」

偵察「滅茶苦茶じゃねーか、んなもんよく引き受けたな?」

君路の勇者「魔王による惨劇はよく聞かされていたからね、断りきれなかったんだ。
       それに、騎士と僧侶が仲間として志願してくれる事になったから、
決心がついた。」

自衛「村で会った二人だな?」

君路の勇者「そうだ、騎士は王宮騎士団でもっとも優秀な存在だし、
       僧侶も高い能力の治癒魔法を誇る。」

偵察「ん?あの、斧のねーちゃんは?」

君路の勇者「ああ、彼女だけは僕らの国の出身じゃないんだ。
       途中立ち寄った町の酒場で出会ってね、
       話をしたら『おもしろそうだから同行させてくれ』って。」

偵察「あー、なんか想像できるわ…」

君路の勇者「彼らがいなけければ僕はとっくにどこかで倒れていただろう。
       今回、その仲間を助け出してくれたことには、本当に礼を言う。」

自衛「俺等から見りゃ、お前も十分化け物だけどな。」

君路の勇者「国の協会から加護を受けているからさ。
       僕は加護を力として変換できる人間だから勇者に選ばれたらしいけど、
       それでも加護がなければただの人だ。
       それに僕はまだ未熟だからね、もっと強くならないと…」

偵察「これ以上強くなんのかよ…」

偵察が呟いたその時だった

ギュァァァァ!

偵察「どわっ!?」

君路の勇者「わ、な、なんだ?」

指揮車が急ブレーキをかけたため、自衛たちは体制を崩した

自衛「どうした!?」

82操縦手「前方に、へ、蛇が…!?」

自衛「蛇だぁ?んなもんで…」

言いながら自衛はハッチをくぐり車上に上がる

自衛「げ!?」

大蛇「シャァァァァー!」

そこにいたのは全長3mはあろうかという巨大な蛇だった

横幅も広く、さらに普通の蛇と違いツ剣の先のような鱗が体を覆っている

自衛「衛生、何やってんだ撃て!」

操縦席横のMINIMIに着く衛生に指示を飛ばす

衛生「そうしたいのは山々なんですが、戦士の姉ちゃんが
飛びかかって行っちまいまして!」

自衛「あぁ!?」

見れば、今まさに戦士が空中から、大蛇に斧を振り下ろそうとする瞬間だった

碧明の戦士「だぁぁぁぁ!」

大蛇「シャァァッ!」

しかしその一撃は見事に回避された

碧明の戦士「げ、速い!?」

戦士の攻撃を回避した大蛇は、そのまま戦士に噛み付こうとする

碧明の戦士「やばっ!」

ガキィ!

だが、大蛇は金属音と共に大きく仰け反った

碧明の戦士「おろ?」

君路の勇者「くそ!鱗が硬い!」

勇者の斬撃が大蛇を跳ね飛ばし、戦士を救った

だが、鱗に阻まれ決定打にはならなかった

君路の勇者「戦士!ただ飛び掛るんじゃなく、相手の動きを読むんだ!」

碧明の戦士「へへ、悪い悪い!でも、助かったぜ!」

大蛇が体勢を立て直し、二人を睨みつける

君路の勇者「来るぞ!戦士!」

碧明の戦士「わかってるって。」

大蛇は二人目掛けて襲い掛かる

君路の勇者「はっ!」

碧明の戦士「よっ!」

二人は噛み付かれる直前で左右に跳躍、大蛇は地面に激突する

82車長「どんな動体視力してんだあいつら…」

起き上がった大蛇は勇者のほうを向き、再び襲い掛かる

君路の勇者「はぁぁ!」

迫る大蛇に勇者は再び剣を払う

ガキィン!

斬撃はまたしても鱗に防がれる
大蛇は仰け反るが、すぐに起き上がり勇者を食い殺そうと飛び掛る
しかし、勇者はその場から動かない

グシャァ!

そして鈍い音がする

君路の勇者「…ナイスタイミングだ、戦士。」

碧明の戦士「当然!」

大蛇の頭には戦士の斧が振り下ろされ、大蛇は音を立ててその場に倒れた

偵察「…やっぱりバケモンだぜあいつら。」

二人は武器に異常がないか確認しながら、指揮車へと戻ってきた

君路の勇者「やぁ、お待たせ。」

衛生「とんでもない腕前ですね、さすがは勇者一行。」

君路の勇者「そんなことないさ…それより君達、物資の調達が目的らしいが、
       金銭は持ってるのかい?」

自衛「こっちの世界の通貨は何も…隊員の中から貴重品の提供を募って、
   それで物々交換ができないかと思ってるが。」

君路の勇者「なら、それは仲間に返してあげるといい、あの大蛇の鱗は貴重品で高く売れるんだ。
       普通なら遭遇したら逃げ出すか、もし倒せても死体は置いてくはめになるんだが、
       君達のシキシャ…を使えば余裕だろう?」

自衛「ありがてぇけど、あれを倒したのはお前達だろ?」

君路の「昨日から何度も助けられてるんだ、これくらいのお礼はさせてくれないか?」

自衛「わかった、そういうことなら。偵察、衛生、82操縦手、あのデカ物を車上に乗せるぞ。」

82車長「俺は周囲を見張ってるぜ。」

自衛「頼む」

自衛たちは大蛇を車上へと乗せる作業に入る

偵察「…なぁ、そういや村に動物の首が吊ってあっただろ?
    その中にこいつと同じ大蛇の頭があった気がするぜ。」

自衛「ありゃ、なんだったんだろうな。」

村娘「あ…それ、災厄とかが来た時にする厄除けなんです。」

偵察「厄除け?」

君路の勇者「この地方にある、代表的な厄除け方法さ。
       狩ったモンスターの頭を剥製化して家屋に吊るすんだ。」

衛生「…けっこう悪趣味なことすんだな…」

君路の勇者「襲い来るものに対する警告の意味があるからね、
       こうなりたくなければ近付くな!って。」

偵察「怖ぇ怖ぇ…」

自衛「鰯の頭ってのも間違いじゃなかったな。」

話しながら大蛇の体を乗せ終え、偵察隊はその場を後にした


さらに数十分後、東方面偵察隊はついに連峰を越え
月詠湖の王国領内へと足を踏み入れた

山を降りると、一面の草原が広がっており、指揮車はその真っ只中を走っている

村娘「…あの、ちょっと外に出てきてもいいですか?」

自衛「ああ、気分でも悪くなったか?」

村娘「いえ、そういうわけじゃないんですけど、ちょっと風に当たりたいなって。」

自衛「別にかまわねぇが、転落だけはしないでくれよ。」

村娘「き、気をつけます…」

村娘はハッチをくぐり、車上へと上がる

村娘「わ…!すごい風…」

偵察「君がもしも、いなくなっても平気なように〜」

村娘「?」

振り返ると、偵察が車上の後ろに居た

後方を見張りながら、歌の歌詞を口ずさんでいる

偵察「〜…?」

気配に気がつき、偵察は振り返る

偵察「おお、嬢ちゃんか、どうした?」

村娘「ちょっと風にあたりたくて…変わった歌ですね。」

偵察「そうか?こっちの世界にはこういう歌はないのか?」

村娘「リズムが独特だと思って…」

偵察「ああ、確かにアニメのオープニングだからな…嬢ちゃんには変に聞こえるか。」

村娘「あにめ…?おーぷにん…?」

偵察「悪いな、変な気分にさせちまって。」

偵察は歌うのをやめ、監視を再開する

村娘「…あ、あの…!」

偵察「んー?」

村娘「よ、よければその歌、教えてもらえませんか…?」

偵察「嬢ちゃんにか?」

村娘「はい、なんていうか、元気になれそうな…気がして…」

偵察「…いいぜ、歌があれば暗い気持ちも吹っ飛ぶだろう。」

偵察は村娘に向き直り、再び歌い出す


北西方面偵察隊は途中で出会った騎兵達に案内され
目標地点"木洩れ日の街"へ到着した

騎兵長「ようこそ、ここが私達の街です!」

同僚「近付いて見ると、けっこう大きな街だな…」

隊員B「見てください、塀の上。等間隔で弓兵が配置されてる…」

支援A「こりゃ案内無しで近付いてたら面倒なことになってたなぁ」

騎兵長は門番に何かを話している

門番「ようこそ、木洩れ日の町へ。歓迎いたします。」

同僚「これはどうも…」

門番「お噂はお聞きしていますが、念のため入国審査をさせていただけますか?
   武器の所持などは…」

隊員C「見りゃわかんだろ、全員揃って完全武装だよ!」

隊員Cは高機動車据え付けのMINIMIを叩きながら言い放つ

同僚「隊員C!…すみません、こいつ少し苛立ってて…」

門番「い、いえ…この街では、武器の持ち込みは
   護身に最低限必要と認められた物のみとなっています。
   それ以外はお預かりすることになっています。」

同僚「そうですか…」

隊員C「冗談だろう、ここの連中に武器を預けるだと?ありぇねぇぜ!」

同僚「黙るんだ隊員C!」

隊員C「ケッ」

支援A「だがよぉ同僚。隊員Cの言うことも最もだぜ。
    武器を押さえられちゃ、イニシアチブを失っちまう」

隊員B「まだ彼らが味方と決まったわけではありません…、
    それに、下手にこちらの装備を見せるのは…」

支援Aと隊員Bは周りに聞こえないよう小声で同僚に言う

同僚「仕方がない…隊員C、支援A、ここに残って高機動車と武器を見張れ。
   私と隊員Bで街に入る。武器は銃剣と拳銃のみで、それなら問題ないですか?」

同僚は銃剣と拳銃を門番に見せる

門番「ええ、ナイフは結構です…で、こちらの物は…?」

騎兵長「通達にあった、弓よりも早く敵を射抜く武器か?」

同僚「ええ、その中でも最も殺傷能力の低い物です。」

門番「…わかりました、ただ、街に滞在中は監視の物を同行させていただきます。」

支援A「そこまでしなきゃいけねぇのか?」

騎兵長「一応、関係者には緘口令を敷いてあるが…君達のことは少なからず噂になってる。
     君達の安全の為でもあるんだ。」

同僚「わかりました、そういう理由あるのならば、こちらからもぜひともお願いします。」

門番「ありがとうございます、では街に入られるのはそちらのお二人のみということで?」

同僚「ああ、皆問題ないな?」

隊員C「あーいいよいいよ、ゆっくり観光してこい…」

支援A「お土産楽しみにしてるぜ、うへへ」

騎兵長「ではせっかくだ、同行は私がしよう。君、すまないが私の馬を頼む。」

門番「わかりました。」

騎兵長は馬から下りると、はじめて兜を脱ぐ

隊員B「わぁ…」

兜の下から現れたのは髭もじゃの男だった

騎兵長「そうだ、お二人の格好では目立つでしょう、予備のローブは無いかい?」

門番の一人がローブを持ってきて、二人に渡した

隊員B「あ、どうも…」

騎兵長「では、行きましょうか。」

同僚「あ、はい、お願いします。」

三人は門をくぐり、街へと足を踏み入れた

隊員C「…見たかよ、あの顔?」

支援A「天然のギリースーツだぜぇ」


門をくぐり、少し歩くとすぐに人だかりに出くわした
商店が立ち並び、人々が行き交っている

隊員B「すごい賑わいですね、今までが今まででしたから少し、ほっとしました…」

同僚「これなら物資の調達も期待できそうだな。」

騎兵長「あの、大変申し訳ないのですが、その前にあなた方にあっていただきたい
    お方がいるのです…」

同僚「会ってもらいたい人…ですか?」

騎兵長「ええ、どうしてもあなた方にお会いしたいとのことで。
     お手数をおかけするお詫びに、物資調達に必要な資金はこちらで
ご用意いたしましょう。」

同僚「それは願っても無い事ですが…なぜそこまで?」

騎兵長「それは、そのお方ご本人から直接お聞きになられたほうがよろしいかと、
     申し訳有りませんが、私の口から話せることではありません。」

同僚・隊員B「?」


十数分歩き、三人は街の中心部へ足を踏み入れた
中心部の家屋は城壁近くの家々よりも丁寧で立派な作りをしている
そのなかでも比較的大きな建物に案内される
入り口の前には槍をもった番兵達が立ち、周辺も兵士が巡回していた

同僚「…ずいぶん物々しいですね。」

騎兵長「ええまぁ、さ、こちらへ。」

騎兵長は二人を中へと案内する

入り口をくぐるときに、番兵達が一斉に姿勢を正した

隊員B「なんなんだ?」

騎兵長「しばしお待ちを。」

中に入ると、騎兵長は同僚と隊員Bを待たせ、奥のほうにいる侍女らしき人間に近付く

騎兵長「お二人をお連れした、案内を頼む。」

侍女A「わかりました。」

侍女は同僚達のほうへと歩いてくる

侍女A「ご案内する前に、申し訳ありませんが、
    そちらの殿方はここでお掛けになってお待ちいただけますか?」

隊員B「え、わ、わかりました…」

侍女A「ではそちらの方、ご案内いたします。」

同僚「あ、ああ…」

侍女が先導し、奥にある階段を上っていく

同僚は彼女のあとを追った


侍女B「よろしければどうぞ。」

隊員Bの前に紅茶が運ばれてきた

隊員B「あ、おかまいなく…」

侍女B「……」

建物内は複数の休憩用のソファとテーブルが置かれ、所どころに装飾品がある

隊員B「…ここってなんのための建物なんですか?」

侍女B「何というわけではありませんが、公共の建物です
     一般に開放されることもあれば、要人の方々の公務のために使われる
こともあります。」

侍女はあくまで事務的な口調で答える

隊員B「そうですか…あの、すみませんがお手拭ってお借りできますか…?」

侍女B「お待ち下さい。」

言うと侍女はその場から離れる

隊員B「………」

隊員Bは侍女が離れると、胸元のポケットをまさぐる

隊員B「あった…」

出てきたのはリトマス紙のような細長い紙だった
周りの目を盗み、その紙を紅茶に軽く浸ける

隊員B「…変色無しか、薬とかは入ってないみたい…」

その紙は、衛生隊が偵察隊全員に渡した薬物検査紙だった
隊員Bは侍女が戻ってくる前にそれをしまう

隊員B「ここの人たちに敵意は無いと思いたいけど…」


同僚は上階の一室の扉の前に案内された

侍女A「申し訳ありませんが、所持されている武器をお預かりいたします。」

同僚「え、武器をか…?」

侍女A「ご安心下さい、この建物内は安全です。武器は退室時にお返しします。」

同僚「…わかりました。」

同僚は銃剣と拳銃を渡す

侍女は知る由もないが、拳銃に関しては弾装を抜き、無力化してあった

同僚(奪われるなんて考えたくもないが、念のためだ…)

コンコン

侍女A「お連れしました。」

侍女はノックをし、室内へ知らせる

?「どうぞ。」

侍女A「では、お入り下さい。」

同僚はドアノブを捻り、ドアをくぐった
室内はそれほど広くはない個室だったが、赤いカーペットがしかれ、
高価そうなテーブルやソファが一組、そのほか申し訳程度の家具や装飾品が置かれている

同僚「(あれは?)」

窓際に一人の女性が佇んでいる
派手すぎず、地味すぎでもないドレスを身に纏い、気品溢れる姿で外を眺めていた

同僚「(…私達は本当に御伽噺の世界に放り込まれたらしい…)」

?「はじめまして、お会いできて光栄ですわ。」

彼女は同僚へと振り向く

同僚(!…なんとまぁ…)

同僚の目に映ったのは、見たことの無いタイプの美人だった

肌はとても綺麗で白い、そしてなにより目を引くのは真紅の長い髪

?「あら、お噂を聞いていましたから、どんなお怖い方かと思ってましたが…」

彼女は同僚へと近付くと、同僚の頬を指先で軽く撫でる

同僚「!…(おいおい)」

?「こんなに綺麗な方だなんて…」

彼女は同僚に顔を近づける
瞳は同じく真紅で、この世界独特の顔立ちとの組み合わせは
感じたことの無い美しさを同僚に与えていた

?「それに、こんなに綺麗な黒髪…見たこともない…」

彼女は今度は同僚の髪を梳こうと手を伸ばす

同僚「…私達との面会を希望されたのはあなたか?」

同僚は少し顔を引きながら聞いた

?「あ、やだ!申し訳ありません、私としたことが…」

一歩下がり、彼女は照れ笑いを浮かべる

?「あなたがあまりにも綺麗だったので、つい本題を忘れてしまいましたわ。」

同僚「はぁ…あの、失礼ですがあなたは一体…?」

?「やだ!私ったら興奮のあまり自己紹介を忘れるなんて!
   ふふ、あなたの魔力は相当なもののようですね。」

同僚(なんだんだこの人…)

?「コホン…申し遅れました。私、この五森の公国を治める五森王の娘、
   五森姫と申しますわ。」

同僚「私は陸上自衛隊、普通科連隊所属、同僚陸士長と申します。」

同僚はその場で脱帽時の敬礼をする

五森姫「うふふ、私の正体を知っても驚きませんのね。」

同僚「身なりから身分の高い方であろうことは想像できましたので、
    ご気分を害されましたか?」

五森姫「いいえ、その冷静な対応は評価に値しますわ。
     それで…あなた方が東の街を救ってくださったとか。」
     
同僚「救ったかどうかはわかりませんが、事態に介入したのは私達です。」

五森姫「ご謙遜を。それと、堅苦しいのは抜きにしましょう。
     お掛けになって、お話を聞かせてくださいな。」

五森姫は同僚にソファを勧め、自身も腰掛ける

同僚「失礼します。」

同僚は五森姫の向かいのソファに座る

五森姫「初めて報告を聞いたときは驚きましたわ。
     わずか十数人の兵力で百人を超える山賊達を壊滅させたとか。」

五森姫は話しながら、手馴れた様子で紅茶をティーカップに注ぐ

五森姫「今回の件で、東の街から多くの犠牲が出てしまいました。
非常に心苦しいことです…
     しかし、あなた方がいなければもっと被害が出ていたでしょう。」

五森姫は同僚の前に紅茶の入ったティーカップを差し出す

五森姫「あなた方には本当に感謝しています。」

同僚「いえ、そんな…我々は偶然その場に居合わせ、自分達の安全のために
    行動しただけです…」

五森姫「あくまでご謙遜なさるのね、ふふ…でもその姿勢もまた美しい…」

同僚「いえ…(ちょっと苦手だなこの人…)」

五森姫「お仲間にはあなたのような考えの方が多いのですか?」

同僚「なんとも言えません…私は組織の姿勢に基づいての言動をとっていますが、
    違った思想を持つ者もいます。」

五森姫「なるほど…」

同僚「あの、こちらからもお聞きしてよろしいでしょうか?」

五森姫「あら、何かしら?」

同僚「一国の姫ともあろうお方が、なぜ直に私とお話を?
    自分で言うのもなんですが、我々は得体の知れない存在です。」

五森姫「好奇心よ〜、突然現れた謎の力を持つ一団なんて、
     聞いたらワクワクしませんこと?」

同僚「…そのためにあなた御自身がわざわざ王都から、
なんてことはありえないですよね?」

五森姫「…ふう、せっかく綺麗な女の子とお茶を楽しめると思いましたのに…
     やっぱりきな臭い話は避けられないですわね…」

同僚「…話していただけますか?」

五森姫「わが王国は豊かな自然に囲まれた平和な国…と名乗りたい所ですが、
     実際にはそう名乗るにはいささか厄介ごとが多すぎますの。
     いえ…昔は本当に平和でしたのよ…魔王誕生までは」

同僚「魔王…」

五森姫「魔王についてはご存知かしら?」

同僚「いえ、詳しいことは何も…」

五森姫「ではそれも含めて説明させていただきますわ。
     少し長いお話になりますの、楽にしていてくださいな」


同時刻
東方面偵察隊はついに目標地点、月橋の街へ到着した

82車長「やーっと着いたな、やたら長く感じたぜ」

偵察「途中で何度もドンパチやったからな」

道の先に見える街を眺めながら、偵察たちは呟く

82車長「久しぶりにうまい飯にありつけるかもな」

自衛「…82操縦手、停車しろ」

唐突に自衛が停車を指示し、指揮車はその場に停車した

82車長「なんだ?一体どうしたんだ?」

自衛「見ろ」

自衛は街の入り口を示して、82車長に双眼鏡を渡す

82車長「なんだぁ?」

入り口付近を見ると、
武装した兵士達がなにやら慌てて駆け回っていた

偵察「陣を張ってるぜ、なんかあったのか?」

衛生「違うな…あれは俺達を警戒してるんです…」

偵察「ああ…」

82車長「言われて見りゃ、こんな鉄のデカ物が迫ってきたら普通慌てるよな…」

偵察「大蛇の死体も乗っかってるしな」

衛生「どうします?このまま接近したら、最悪戦闘になります。」

自衛「誰かが先に行って、説明するしかねぇだろ」

君路の勇者「それなら僕が行こう」

勇者が名乗りをあげる

自衛「大丈夫か?」

君路の勇者「ああ、勇者の名前を出せば攻撃されることはないだろう」

勇者は車上から飛び降りる

自衛「気ぃつけろ」

君路の勇者「任せてくれ」

勇者は大きく手を振りながら、入り口まで歩いて近付く
一方、城壁の上では弓兵が展開を始めていた

自衛「野郎…偵察、衛生、車体の後ろで待機。何かあったらすぐに動けるようにしろ。
    ねーちゃん達は外に出るなよ」

勇者は一定の距離まで近付くと、立ち止まり口を開いた

君路の勇者「聞いてください!危害を加える者ではありません!
       私は魔王討伐のため、栄と結束の王国より派遣された、
       君路の勇者という者です!」

勇者の一声に、街の兵士達がざわつき始めた

君路の勇者「この街へは物資の補給と休憩のために立ち寄らせていただきました!
       滞在の許可を頂きたい!」

勇者が言い終わると、数人の兵士が勇者の下へと駆け寄ってくる

君路の勇者「代表の方はいらっしゃいますか?」

月橋兵A「私ですが。」

一人の兵士が歩み出る

君路の勇者「これを、わが国の王から預かった証明の書類です。」

勇者は兵士に書の入った包みを渡す

月橋兵A「…これは…間違いない!」

その声と同時に、兵士達は姿勢を正した

月橋兵A「大変失礼いたしました!まさか栄の国の勇者様とは…」

君路の勇者「いえ、こちらこそ驚かせてしまったようで、申し訳ありません。」

月橋兵A「とんでもありません!勇者様、月橋の街へようこそ、歓迎いたします。
     …ところで、失礼ですがあちらの方々は…?」

兵士は不安の表情で指揮車を見る

君路の勇者「ああ、彼らは………、
       彼らは道中で危機に陥った私を、強大な力で救ってくれた"神兵"です!」


勇者は指揮車へと戻ってきた
攻撃の気配は消えたが、兵士達のざわめきは先程よりも大きくなっていた

君路の勇者「話をつけてきた。」

偵察「とんでもねぇ説明をしてくれたなお前」

82車長「神兵とはまた皮肉もいいとこだな、俺等と神なんて小指の先程の縁も無ぇぞ?」

君路の勇者「そうなのかい?まあ、許してくれよ。
       変に一から説明するより、色々都合がいいかと思ってね。」

偵察「ああ、そうかい…」

自衛「で、街に入る許可は下りたのか?」

君路の勇者「ああ、ただ少し待って欲しいとのことだ。」

衛生「無理もないぜ」

自衛「とりあえず入り口近くで待機だ。操縦手、発進させろ」


数分後

偵察隊は街の門をくぐった
レンガ作りの家と石畳の道が並ぶ中世風の街並みを、
迷彩色の装甲車両が進む光景はかなり異様だった

市民A「お、おいなんだあのでかいのは!?」

市民B「ま、魔物が街中に入ったのか!?」

月橋兵B「市民の皆さんは下がってください!大丈夫です!」

安全のために兵士が住民達を道の脇へと下げる

偵察「こりゃ迷惑ってレベルじゃねぇな。」

自衛「いたしかた無ぇ、車上のデカブツを運び込むにはこれしかねぇからな」

眺める住民達の多くは、不安と困惑の表情を浮かべている

市民C「勇者様と神兵様だってよ!」

市民D「神兵様だって!?」

市民E「…ママ、怖い…」

市民F「大丈夫よ…」

偵察「…まるで占領軍だぜ」


指揮車はなんとか街路を通り過ぎ、兵士に案内され
市庁舎前に到着した
勇者が市長のところへ向かい、話をつけてくれている

衛生「あ、戻ってきました」

正面の扉が開き、勇者がこちらへ歩いてくる

偵察「どうよ?」

君路の勇者「滞在許可はもらえたよ。それと、村への調査隊の派遣も依頼しておいた。」

82車長「じゃあ、とっととこのデカブツを金に換えちまおうぜ。」

衛生「待ってください、薬のことも報告してくれましたか?」

君路の勇者「ああ、それに関してなんだが、街の北に市が支援してる研究者がいるそうだ。
       薬はそこに持ち込んでくれと。」

村娘「!」

偵察「ん?なぁ、もしかしてその研究者って…」

村娘「たぶん…下のお姉ちゃんのことです。」

君路の勇者「村娘さんの?」

衛生「なんとまぁ…」

自衛「じゃあ、先にそっちに向かうか。ねーちゃん、案内してくれ。」

指揮車は村娘の姉の家向けて、発進する


82操縦手「さっきより道幅が狭いな…」

自衛「気ぃつけろ。」

指揮車は車幅ギリギリの街路を通り抜けていく

住民G「おい、なんだあれ!」

住民H「たぶん噂の勇者様と神兵様だ!」

噂はすでに街中に広まっているらしい

住民達は騒いでいるが気にせず進む

衛生「はいはい、どいてくれー。轢かれたら痛いじゃすまないぞー。」

自衛「勇者、お前が神兵なんて言うから騒ぎが大きくなってっぞ。」

君路の勇者「そうかい?たとえ神兵と名乗らなかったとしても、
       君達じゃ騒ぎは避けられなかったと思うよ?
       それならいっそ、ああ名乗っておいたほうが都合がいいと思ったんだ。」

82車長「一理あるけどよ、でも神兵は誇張しすぎじゃねぇか?」

君路の勇者「誇張も何も、君達は神兵と呼べるような力を持ってるじゃないか?」

82車長「…もうなんでもいいぜ。」

村娘「…あ、そこを右に曲がればすぐです。」

指揮車は狭い街路をなんとか通り抜け、村娘の姉の家に辿り着いた
後部ハッチを開き、降車する

コンコン

偵察「…あれ、出てこねぇな」

村娘「あ、それじゃ駄目なんです。」

偵察「え?」

村娘「危ないんで下がってください。」

衛生「何が?」

次の瞬間

バゴォン!

村娘は玄関扉にむかって思いっきり体当たりをかました

君路の勇者「!」

自衛「おいおい」

村娘は扉ごと家の中に倒れこみ、盛大に土煙が上がる

村娘「よいしょ。」パッパッ

偵察「嬢ちゃん…」

村娘「たぶんお姉ちゃん、この時間は睡眠中ですからこうでもしないと…」

偵察「あっそ…」

研究者「ん〜、どちらさま〜?」

家の奥から眠そうな声が聞こえてきた
そして出てきたのは、よれよれの服装でボッサボサの髪の女性だった

村娘「あ…」

研究者「ん〜?あり、村娘ちゃん?どしたの、三日前に出発したばかりなのに?
     もしかして忘れ物?」

村娘「…ぅ…え…」

研究者「んん?」

村娘「研究おねぇちゃーーん!!」

研究者「わぁ!?」

村娘は研究者に抱きつくと、大声で泣き出した

村娘「おねえちゃ…うぇ、ひぐ…!」

研究者「ちょちょ!ど、どうしたの!?なんかあったの!?」

突然の事態に研究者はとまどう

自衛「失礼、あんたが村娘ねーちゃんの姉でいいのか?」

研究者「ふぇ?そ、そうですけど…あの、どちら様?」

自衛「話すと長い、その娘が落ち着いたら詳しく話す。」


研究者「…嘘でしょ、父さんと母さんが、それに魔術姉が…」

村娘「研究お姉ちゃん…」

村での一件の説明を受けた研究者は、
両手で顔を覆い、深く息を吐いた

君路の勇者「すまない…僕が至らなかったばかりに…」

研究者「…いえ…こうして村娘を連れてきてくれたんだもの、
     勇者様には感謝しなきゃね。」

君路の勇者「お礼なら彼らに言ってくれ。彼らがいなければ、
       村娘さんを助けるどころか、僕も戦士も危なかった。」

研究者「えっと、ジエイタイさん…だったよね?
     ほんとありがとう、この娘が無事でよかった…」

自衛「よしてくれ、俺達は自分の身を守っただけだ。
    それより、あんたに頼みたいことがあるんだ。」

研究者「何かな?あたしには研究くらいしか役立てることはないけど?」

自衛「まさに適任だと思うぜ、衛生。」

衛生は村で回収した薬の包みを、研究者に渡す。

研究者「これって、さっき話に出た…」

衛生「あなたのお姉さんが作った、死体をゾンビ化させ
    自在に操れるようにする薬です。」

自衛「あんたに頼みたいのは、この薬の解析と対抗策の発見だ。
    事情が事情だから、色々複雑かもしれないが…」

研究者「いや、任せてちょうだい…身内が蒔いた種よ、
     こんな物はこの世に存在してちゃいけない…」

自衛「頼んだぜ。」

研究者「よっしゃ、そんじゃ早速始めるよ!
     任せといて、一晩もあれば仕組みはわかるっしょ!」ガタッ

言うなり研究者は立ち上がり、薬を持って奥の部屋へと籠もってしまった

偵察「早いな…」

村娘「一度火がつくとああなんです。」

村娘は溜息混じりに言う

偵察「で、一晩だってよ、どうすんだ?」

衛生「俺もせめてあの薬の仕組みくらいはしっておきたいですね。」

自衛「なら、今日はこの街で夜営だな。」

君路の勇者「そんなことしなくても宿を借りたらどうだい?」

自衛「俺達は指揮車を見張らなきゃならないし、金銭は物資調達のための物だ。
    宿に泊まる余裕は無い。」

82操縦手「なんにせよ、まずはあのデカブツを金に換えねぇと始まりませんよ?」

82車長「だがよ、あんなもんどこで買ってくれんだ?」

君路の勇者「大蛇丸ごと一匹だと、いくつか回る必要がある。
       背のツララや鱗、牙は武器店、皮は服屋、内臓なら肉屋や薬屋ってね。」

82車長「そんなにか…」

君路の勇者「僕が案内しよう、僕らも宿を探さなきゃならないし。」

碧明の戦士「あたしもいいかい?腹減ったし、何より久々に飲みに行きたい!」

82車長「元気なねーちゃんだ…ま、案内はありがてぇ、頼むぜ。
     っつーわけで、自衛。俺達はあのデカブツを金に換えてくるぜ。」

指揮車は勇者達の案内で再び街へと繰り出した

偵察「で、俺達はどうする?」

自衛「とりあえず夜営の準備をしたい所だが…ねーちゃん、この辺に
    空き地とかは?」

村娘「このあたりに空いてる土地はちょっと…」

研究者「よければ、家に泊まってもらえばー?」

いつの間にか村娘の後ろに研究者が立っていた

村娘「わ、お姉ちゃん!?」

研究者「ごめん、驚かした?ちょっと必要な機材があってさ。」

研究者は壁際の階段を使い、二階へと上っていく

研究者「でかい家じゃないけど、一人暮らしにはやっぱり広くてさー、
     二階とかほとんど物置状態だし。えっと確かこの部屋…」

言いながら研究者は二階の一室の扉を空ける
次の瞬間だった

ドカドカドカ!

研究者「ひゃぁぁ!」

村娘「あ、お姉ちゃん!?」

研究者は荷物の雪崩に飲み込まれた

自衛「おいおい」

自衛たちが二階へ上がり、荷物をどけていく

衛生「大丈夫ですか?」

研究者「あはは…こんなふうに、ほとんど使ってないからさ…よければ好きに使って…」

研究者は立ち上がると、機材を持ってヨロヨロと一階に戻っていった

偵察「…嬢ちゃんとしてはどうなんだ?」

村娘「わ、私は皆さんがよければ是非…ただ…」

村娘は際ほどの部屋をちらりと見る

自衛「よし、お言葉に甘えよう…っつーわけで、俺達は二階の掃除だ。」

偵察「やっぱし」


木洩れ日の街 入り口

支援A「Yo Babyeeeeee!!最高だぜ!!」

高機動車上では支援Aが上機嫌に歌い散らしている

隊員C「うるせーんだよ!支援A!ちっと黙ったらどうだ!?」

支援A「いいじゃねぇか、退屈なんだしよ?」

隊員C「お前のクソヴォイスのせいで集中できやしねぇ、少し黙ってろ!」

支援A「っつーかよ、お前さっきから何してんだ?」

後部座席で地図や書籍と睨み合う隊員C

隊員C「文字の解読ができねぇか試してんだ。」

支援A「解読?んなことしなくたって読めてるじゃねぇか、どういう理屈かは知らねぇけどよ」

隊員C「俺が言ってんのは、ここの言葉がどういう文法で成り立ってんのか、ってことだよ。
    得体の知れない力で言葉や文の内容はわかってるが、
    厳密には"読めてる"わけじゃねぇんだ、俺達は。」

支援A「ああ?よくわかんねぇけど、それでなんか問題あんのか?」

隊員C「お前には無いだろうな、だが、俺は気色悪くてしょうがねぇんだよ。」

支援A「ああそうかよ。」


中心部
建物の一室

五森姫「…と、現在の世界情勢はざっとこんな感じですわ。」

同僚「なんという…」

五森姫「では、本題に入らせていただきますわ。
     魔王軍に加担する者たちもいる、と説明したのは覚えていまして?」

同僚「はい、魔王の力に恐怖し、魔王側につく国も後を絶たないと…」

五森姫「恥ずかしながら我が国内にもそういった考えの一派がおりまして…
     先日、魔王派の政治家と兵が王都を脱走。
     逃走の末、ここから北にある国境近くの砦を占拠し、立て篭もっていますの。」

同僚「…」

五森姫「あの砦付近は北の"雪星の瞬く公国"との大事な国交ルートとなっていますの。
      それに、砦の兵とその時近くにいた商人一行が、
      人質となっているとの情報もありますわ。 
      両方の面から考えても、一刻も早く砦の反抗分子を制圧しなければなりません。」

同僚「軍は派遣されたのですか?」

五森姫「もちろん、私が王都から連れてきた第1騎士団と、
      この街の第37騎士隊が今も砦を囲っていますわ。
      しかし、魔王の侵攻を食い止めるために、
      わが国もかなりの兵を出していますの。
      私が派遣されたのも本来の将軍である五森王子…私の兄様が
      対魔王軍部隊を率いて出兵しているから。
      それに事態に派遣できる軍にも限りがありまして、今現在は膠着状態。
      こんなありさまでとても困っていましたの。」

同僚「そこに私達が現れた、と?」

五森姫「うふふ、もうお察しいただけてるようですわね。
     今回の事態にあなた方の力を貸して欲しいんですの。」

同僚「やはりそうきましたか…他国に協力を要請すれば、国の信用を失います。
    しかし、私達は流浪の民…」

五森姫「そういうこと、もちろんタダとはいいませんわ。
     協力していただければ、今後の物資、食料などはわが国が約束しましてよ?
     どう、悪い話ではないでしょう?」

同僚「…私の一存では決められません。
    時間をいただけますか?一度戻って、上長と話し合ってみます。」

五森姫「いいですわ。でもこちらとしてもあまり余裕はありませんの。
    よいお返事、期待していますわ。」


部屋を出て、武器を返してもらい、一階のホールに戻る同僚
隊員Bの姿を探す

隊員B「あ、同僚士長。こっちです。」

見れば、隊員Bはソファに腰かけ
出されたお茶菓子を遠慮無しに食っていた

隊員B「どんな話だったんです?」

同僚「あ、ああ、長くなるから後で話す…」

隊員B「そうですか。」バクバク

同僚「おまえ、ちょっとは遠慮したらどうだ…?」

隊員B「もらえるもんはもらっとかないと損ですよ?」ガツガツ

同僚「割とがめついのな…」

騎兵長「やぁ、話は終わったかい?」

騎兵長は二人のもとへと歩いてくる

同僚「ええ、まさかこの国の姫君とお会いするとは思っても見ませんでしたが…」

隊員B「ええ!?同僚士長、この国の姫と会ったんですか?」

騎兵長「すまんな、姫様のお達しで、君達がこの街に来ることがあったら
     まず、姫様のもとへご案内しろと言われていたものでな。」

同僚「ああ、なんとなくわかります…」

騎兵長「ははは…、で、これを君達に渡すよう言われている。」ドサッ

騎兵長はテーブルの上に袋多く

袋の口を開けると、大量の硬貨が顔を出した

隊員B「これって…!」

騎兵長「これで大体の物資は揃うだろう。」

同僚「しかし、姫君は物資提供は協力してくれたらと…!?」

騎兵長「ああ、勘違いしないでくれ。こいつはあくまで前金だ。
     協力をしてくれたら、国全体で君たちを支援しよう。」

同僚「………」

騎兵長「と、まあこの話はここまでにしよう。
     馬車を用意した、物資の調達ついでに街を案内しよう。」


二時間後

偵察「でー!」

偵察は近くの椅子に座り込む

自衛「どうにか、マシになったな。」

偵察「どんだけほっときゃ、あんなカオスな空間が出来上がるんだよ。
    ゴミ屋敷一歩手前だったぞ…」

村娘「あはは…」

ゴォォォォ…

外でエンジン音が聞こえ、扉が開いた

82車長「戻ったぜ。」

偵察「どうだった?」

82車長「なんか、結構すげぇらしいんだけどよ、いまいちピンとこねぇんだ…」

82車長は持っている袋の中身を、テーブルの上に空けた

袋からは大量の硬貨が流れ出てきた

村娘「わ…!」

村娘は驚きの声を上げる

偵察「これっていくらあるんだ?」

82操縦手「15万ヘイゼル、だってよ。」

村娘「じゅ!?」

村娘は目を丸くする

自衛「ヘイゼルだ?」

82車長「こっちの世界の貨幣単位だそうだ。」

偵察「そんな、聞いたことねぇ単位で言われてもな…」

自衛「ねーちゃん、これどんくらいのモンなんだ?」

村娘「えっと…この街では住人一人の平均収入が30〜40日で5000ヘイゼル前後なんです。」

自衛「それで、ある程度の生活はできるのか?」

村娘「はい。」

偵察「じゃあ5000ヘイゼル、10万(円)として…300万くらいか!」

82操縦手「うへー…」

82車長「なかなかの大金じゃねぇか。」

自衛「これなら物資調達もなんとかなりそうだな。」

偵察「勇者も大層なもんを譲ってくれたもんだ。」

自衛「そういや、勇者はどうした?」

82車長「戦士のねーちゃんが、調子こいてベロンベロンになっちまってよ、
     宿に送り届けてきた、お前らにお礼を言っといてくれ、ってよ。」

偵察「あいつも大変だな。」

82車長「ところで衛生は?」

自衛「あれだ。」

自衛は部屋の奥を示す
そこに大量の本が積まれ、その真ん中では衛生がそれらを読み漁っていた

82車長「よーやるな…」

衛生「少しでもこの世界の情報や知識が欲しいですからね、
    せっかく字も読めるんですし。」

偵察「その辺のことはこいつに任せるとしようぜ、
    俺達が無い頭捻るのとは、天と地ほどの違いだ。」

82車長「そうだな…」

偵察「じゃあ、俺達はどうするかね?」

82操縦手「そういや、結局今晩はどこで陣を張るんです?」

自衛「この家の二階を使わせてもらえることになった。
    たった今掃除が一段落ついた所だ。」

82車長「指揮車を外においといて大丈夫なのか?」

村娘「あ、ここの通りは住人以外ほとんど通らないんで、そういう点では大丈夫です…」

自衛「見張りは当然二時間交代でつける、それまで十分休んどけ。」

偵察「物資調達は明日だな、勇者がいねぇと訳わかんねぇからな…」

村娘「あの、よければわたしが案内しましょうか?」

偵察「嬢ちゃんがか?」

村娘「は、はい、夕食の買出しにも出かけなきゃいけませんし…
    あ!もちろんお邪魔ならいいんです!」

偵察「いや、そんくらい別にいいだろ?」

自衛「かまわねぇよ。やっかいになるんだ、買出しくらい手伝おう。」

村娘「す、すみません。」

自衛「82操縦手、悪いがもう一度指揮車を頼む。」

偵察「今度は俺達も行くか。荷物も増えそうだしな。」

自衛「衛生、お前はどうする?」

衛生「あ、行きます。医薬品代わりになるものがあるかもしれない。」

衛生は読んでいた本を山に戻し、立ち上がった

村娘「お姉ちゃーん、ちょっと買出しに行ってくるー!」

研究者「そんなら、ついでに果実酒買って来てー!」


自衛隊は三度、街へと繰り出す

時刻は夕方、商店街はごった返していた
指揮車は商店街の方脇で停車し、物資調達のため自衛達は商店街をうろつく

八百屋娘「はい、青菜玉三つで3ヘイゼルね。」

村娘「あ、はい。」

八百屋娘「でも驚いたわよ。村娘ちゃん、三日前に帰ったはずだったのに
      噂の神兵様といっしょに現れるんだもの。」

村娘「あはは…いろいろあって…」

偵察「嬢ちゃん、ここにいたか。」

村娘「あ、偵察さん。自衛さんは?」

偵察「肉屋で塩漬肉を買い占めてる。何買ったんだ?」

村娘「青菜玉です。」

偵察「青?ってレタスのことか。」

村娘「れたす?」

八百屋娘「お、その人が神兵様?変わった格好してるね〜。」

偵察「そんな大げさなもんじゃねぇんだけどよ。」

八百屋娘「そうなの?まあいいや。せっかくだし、なんか買ってってよ。」

偵察「ああ、日持ちのする野菜か果物を探してるんだが。
    出来れば栄養価の高い奴を。」

八百屋娘「ふむ、それならジャガイモか辛球根(たまねぎ)かな?
      地下保存すれば大抵のものはそこそこ持つけどね。」

偵察(一部の名前が違うが、俺達の世界の野菜と同じだな…マジで変な世界だぜ。)

八百屋娘「長期間保存するならやっぱり塩漬け物になるけど?」

偵察「わかった、とりあえずこれで包めるだけ包んでくれ。」ドサッ

八百屋娘「はいは…って、うへぇ!?」

差し出された金額、2500ヘイゼル(約5万円)に八百屋娘は驚く

八百屋娘「ちょ、ちょっとお待ちを…と、父ちゃーん!!」

偵察「こんな成金みたいな真似、したくなかったぜ…」

村娘「このお店、からっぽになっちゃいますよ。」


八百屋での買出しを終え、二人は指揮車へと戻る

偵察「マジですっからかんになっちまったな、あの八百屋…」

偵察は八百屋で借りた、野菜と果実が満載された荷車を押している

村娘「まあ、もうすぐお店も閉まる時間ですし、大丈夫だと思いますけど…」

偵察「ならいいんだけどよ。」

村娘「…あ、あの、偵察さん!」

偵察「ん?」

村娘「…ありがとうございました。魔術お姉ちゃんの事…」

偵察「…よせよ、俺は嬢ちゃんに礼を言われるような立場じゃない。
   理由はどうあれ、嬢ちゃんの姉貴を手にかけたのは…
 
村娘「違います!」

偵察「………」

村娘「本当は私がやるべきことだったのに…私が…わた、う…」

村娘「うぇぇぇぇ…」

偵察「………」

偵察は泣き出した村娘の頭に手をのせ、わしわしと撫でた


自衛は塩漬肉の入った、ドラム缶のような容器を指揮車に載せる

自衛「くそったれ、重てぇ」

全てを乗せ終わり
悪態を吐きつつ、地面に重ねた小麦粉の袋に腰掛けた

自衛「…この世界も人で結構で賑わってんな」

人で溢れかえる商店街
笑顔で歩く者もいれば、疲れた顔をして帰る者もいる
手元の小銃越しに、しばらく漠然とその光景を見つめていた

自衛「………」

かと思うと突然、自衛は自分の胸にある手榴弾を握った

衛生「士長!」

掛けられた大声で、自衛は手を止めた
気付けば、いつのまにか目の前に衛生が立っている

自衛「ああ…悪りぃ」

自衛は手榴弾を戻し、立ち上がった

衛生「"久しぶり"ですね…ここの所治まってたのに。すっごい形相でしたよ…」

自衛「気を抜いちまった…やばかったか?」

衛生「ええ…」

顔をしかめ、親指でこめかみを押さえる自衛

衛生「気をつけてください…躊躇が全く無いんですから…」

自衛「ああ、大丈夫だ…お前のほうはどうだった?医薬品は手に入ったか?」

衛生「一応いくらかは…ただ、この世界は病気や怪我も魔法に頼る所が多いらしくて、
    我々が使っているような医薬品はありませんでした。」

自衛「だろうな、手に入れた材料で薬を作れそうか?」

衛生「難しいですが、一応試して見ます。」

偵察「よぉ、そっちは大体買い揃ったか?」

偵察が、野菜と果物が詰まった荷車と一緒に戻ってきた

偵察「おわ…こりゃまた盛大に買い込んだな。」

村娘「すごい…」

指揮車周りに積み上げられた袋や箱の山に、偵察達は目を丸くする

自衛「88人分だからな。これでも十分とは言えねぇが、
   これ以上積むと山越えができねぇからな。」

衛生「トラックを一緒に連れてくるべきでしたね…」

偵察「こんなに資金ができるとは想像してなかったしな。」

自衛「言ってもしょうがねぇ、それに収穫が少ないよりずっとマシだ。
    一通り買い揃ったし、戻るとしよう。」


一方、北西方面偵察隊
木洩れ日の街 入り口

同僚は五森姫と話したことを、隊員C達へと伝えていた

隊員C「なんだそりゃ!つまりこの国の面倒事を俺達が片付けろってことか!?」

同僚「そうじゃない、彼らは私達に助けを求めてるんだ。
   見返りに物資や食料の援助を約束すると言ってくれている。
   見ろ、証拠としてすでにいくらかの援助を受けているんだ。」

同僚は馬車に積まれた物資や食料を示す

隊員C「そんなもん突っ返しちまえ!連中は俺達を利用しようとしてるんだよ!」

同僚「隊員C、口を慎め!どうするのかは一曹の考え次第だ。
   私は無線で指示を仰ぐ、その間に物資を高機動車に移しておくんだ。」

同僚は高機動車の無線へと向かう

隊員B「隊員C。一体何が気に入らないんだ?」

隊員C「さあな?当ててみろよ。」

不機嫌さを隠すこともせず、言い放つ隊員C

支援A「もし当たったらノーベル賞かもな、うへへ。
    ほっとけよ隊員B、隊員Cはファンタジーって奴が大層嫌いでご立腹なのさ。」

支援Aは茶化すように隊員Cを示す

隊員C「うるせぇ!さっさと運んじまうぞ。」


研究者の家の前

自衛は指揮車内にて、無線で陣地と交信をしている

自衛「…以上が道中であったことの全てです。いささか時間を食いましたが、
    補給先の目処は立ちました。」

一曹『そうか、大変だったようだな…』

自衛「全くです…ところで同僚達の部隊からは、何か報告がありましたか?」

一曹『ああ、ついさっきな。向こうも食料確保には成功したらしいが…、
    一緒に厄介ごとを持ち帰ってくるそうだ。』

自衛「厄介ごと?」

一曹『詳しいことは直接話す。そっちもいろいろあったんだろ?
    まずは無事に帰還する事に専念してくれ。』

自衛「了解、交信終了します。」

交信を終え、自衛は後部ハッチから指揮車を降りる
車体側面に出ると、サイドハッチの側で車長と操縦手が何やら話し合っていた

自衛「どうした?」

82車長「自衛か。指揮車の燃料が思ったよりも減ってるみたいでな。」

自衛「んだとぉ?」

自衛はサイドハッチから頭をつっこみ、操縦席のメーターを見ようとする

82操縦手「ちょ、落ち着いてください!何もすぐになくなるとは言ってませんよ!」

自衛「っだよ、驚かすな。」

82車長「まぁ、心配になんのもわかるぜ。この二日であっちこっち走り回った上、
     山越えまでしたからな。」

82操縦手「今回みたいなペースがずっと続くとあっという間になくなっちまう、
      って話をしてたんですよ。」

自衛「ああ、そうだな…今は補給部隊が保有してた燃料があるが、
   それも多いとは言えねぇしな。」

82車長「この世界じゃ、ガソリンなんて気の利いたもんありゃしねぇだろうし…」

半ば愚痴になりながら言い合っていると、村娘がその場に現れた

村娘「あの、みなさ…ど、どうしたんです?こ、怖い顔になってますよ…」タジッ

82車長「だってよ、自衛。」

自衛「黙れ。で、なんか用かねーちゃん?」

村娘「あ、あの、夕食ができたんで呼びに来たんですけど…お邪魔でした?」

82車長「夕食?何、俺等の分も作ってくれたのか?」

村娘「も、もちろんです!お客さんに、まして私を助けてくれた人達に
    何も恩返しをしないなんて…!ですから、せめてお夕飯をと…」

82操縦手「マジかよ、ラッキー!」

82車長「今日も糧食かと思ってたからありがてぇぜ!」

82車長達は家の中へと駆け込んでいく

自衛「………」

村娘「あの、自衛さん?」

自衛「ああ悪い、すぐ行く…燃料か…」


夕食後

一名は指揮車の見張りにつき、他の者は交代に備えて眠りに入った
ただし衛生だけは薬を解析を手伝い出したため、見張り番を免除された

数時間後

自衛は目を覚まし、ポケットをから時計をつかみ出す

自衛「…時間か…」

この世界での時間の流れがどうなっているのかは知らないが、自衛の時計は午前2時を示していた
自衛は起き上がり、部屋を出て階段を下る

研究者「おろ、どうしたの?」

リビングに当たる部屋に出ると研究者と出くわした
ソファに座り、コーヒーをすすっている

自衛「見張りの交代の時間だ、あんたは?」

研究者「ちょっと休憩、普段は休憩なんてしないんだけど、
     衛生君に休めって言われちゃった。」

自衛「あいつは役に立ってるようだな。」

研究者「そんなどこじゃないよ。彼、一体何者?
     知識が豊富ってレベルじゃないし、見たことも無い技術で
解明を進めてっちゃうし。
     魔術が関わってなかったら、あたし多分いらないよ?」

言葉に反して、研究者はワクワクした表情を浮かべている

研究者「ジエイタイって軍隊に似たトコだって聞いたけど、彼みたいな人も多いの?」

自衛「あいつは特別だ、自衛隊に入る前は医者だったらしいが。」

研究者「へー、お医者さん?それがなんで?」

自衛「俺も知らん。なんかしら理由はあるんだろうが、あいつは話そうとしない。
    必要以上の詮索は厄介ごとしか呼ばないからな。」

研究者「そうかな…少なくとも話してくれていれば魔術姉は…」

自衛「………」

研究者「ううん、ごめん…なんでもない…」

研究者は再びコーヒーを啜る

自衛「…そうだ、聞きたいことがあるんだが。」

研究者「ん、なーに?」

自衛「この世界に石油の採掘や精製を行っているところはないか?」

研究者「せきゆ…なにそれ?」

自衛「地中深くに埋まってる、黒くて粘り気のある可燃性の液体だ。
    まぁ…油の一種と考えてもらっていい。」

研究者「植物油ならともかく、そういうのは聞いたことないなぁ…」

自衛「そうか…」

研究者「あ、待ってよ。この国の北に工業で栄えた町があるの。
    "灯り火の町"って言うんだけど、そこに行けばなんかわかるかもしんない。」

自衛「灯り火の町…わかった、ありがとう。」

礼を言うと、自衛は指揮車の見張りへと向かった


翌朝

偵察隊は早朝から帰還の準備を始めていた

偵察「衛生、なんだそれ?」

衛生「研究者さんに古い研究機材を譲ってもらったんです。
    これで簡単な検査や解析なら陣地でもできるようになりますよ。」

衛生は機材の入った木箱を、指揮車に積み込んだ

偵察「至れり尽くせりだな、ホント。」

研究者「こっちもけっこう助けてもらったかんね、これくらいはお礼しなきゃ。」

偵察「そういや、薬の解析は結局できたのか?」

衛生「ある程度は。詳しくは道中で話します。
    薬そのものは研究者さんに保管してもらうことになりました。」

研究者「あの薬を無力化する方法も見つけなきゃなんないからね、
     解明できたら薬そのものは処分するよ。」

衛生「お願いします。」

偵察「そういや、嬢ちゃんは?」

研究者「んー?なんか朝から台所に籠もってるみたいだけど?」

衛生「あ、出てきた。」

バタバタと音を立てて飛びだしてくる村娘
しかし、足がもつれて転倒しそうになる

村娘「きゃっ!」

偵察「おっとぉ。」ボフッ

幸い、目の前に居た偵察が村娘の体を支えた

村娘「す、すみません!よかった間に合って…」

村娘の腕にはバスケットが抱えられていた

偵察「嬢ちゃん、それは?」

村娘「お弁当です、よかったら皆さんで食べてください。」

偵察「マジか、こりゃありがてぇ。サンキュー嬢ちゃん。」

村娘「いえ、他にも何かお役に立てたらいいんですけど…」

偵察「…それじゃ、今度また夕飯つくってくれよ。」

村娘「え?」

偵察「また、なんかの用でこの街による事もあるだろう、その時にな?」

村娘「…はい!」

村娘は会って出会って初めて、満面の笑みを見せた

82操縦手「これで全部積み終わりました。」

自衛「よし、全員乗車だ!」

碧明の戦士「おーい!」

82車長「ん?」

道の先から声がする
見ると、勇者と戦士が小走りで駆け寄ってきていた

君路の勇者「よかった、間に合ったみたいだね。」

自衛「どうした?」

君路の勇者「どうしたって…」

碧明の戦士「見送りに来たに決まってるじゃん!」

君路の勇者「しつこいようだけど、君たちには本当に助けられた。感謝しているよ。
       僕らは騎士と僧侶を待つために、まだしばらくこの街に滞在するけど…」

自衛「たぶん、またどっかで会いそうな気がするな。」

君路の勇者「確かに。じゃあ、それまで元気でな!」

碧明の戦士「またなー!」ブンブン

村娘「お気をつけて!」

偵察「嬢ちゃんたちも元気でな!」

勇者や村娘達の見送りを受けながら、指揮車は発進した


偵察隊が去り、勇者達も宿へと帰った

研究者「…さてと、薬の退治法を見つけなきゃね。」

研究者は、"ヨシ!"と気合を入れながら研究室へと戻ってゆく

村娘「…」

研究者「どしたの?」

村娘「…ううん、ちょっとね…」

村娘は研究者を追って家に戻る

村娘「…」タタッ

村娘は二階へ上がると、窓を開け放った
空はよく晴れている

村娘「…〜」

村娘はそして歌を口ずさみ出す
歌いながら、偵察隊の去った方角をしばらくの間見つめていた


東方面偵察隊は街を出て、陣地への帰路に着く
車上や車内では大量の物資が揺れていた

指揮車内

82車長「物資の確保だけで、こんなに苦労するとは思わなかったな。」

衛生「この世界では、今後も一筋縄ではいかない事があるでしょうね…」

82車長「だな…」

偵察「よそうぜ、気の重くなる話題はよ。それよか、朝飯もまだだし、
   嬢ちゃんにもらった弁当をいただくとしようぜ。」

偵察はバスケットの蓋を開ける

82車長「わお。あのねーちゃん、えらく張り切ったもんだ。」

バケットにはサンドイッチや揚げ物、惣菜がバランスよく入れてある

偵察「じゃ、さっそく。」

偵察はサンドイッチをつかみ、おもむろにほお張る

偵察「…やっぱ嬢ちゃん、いい腕してるぜ。」モゴモゴ

82車長「こっちの揚げ物もいける。」

衛生「大分手間をかけたんでしょうね。」

偵察「82操縦手にも持ってってやらねぇと。」

偵察は中身のいくらかを蓋に移し、操縦席へと向かった

衛生「…あの村娘のねーちゃん、ずいぶん偵察士長になついてましたね。
   村では偵察士長が結構面倒見てたから、わかるっちゃ、わかるんですが…」

82車長「あんまりよろしい兆候じゃねぇよなぁ…」

衛生「こっちの世界の住人に必要以上に情が移るのは、好ましいとは言えません…」

二人は食べる手を止め、顔を見合わせる

自衛「正直言っちまえば、ねーちゃんがどういう心境だろうと知ったこっちゃねぇ。」

上から声がする
自衛がハッチをくぐり、車上から降りてきた

自衛「だが、それに引っ張られて偵察が隊員として使いモンにならなくなったら
    目も当てられねぇぞ。」

衛生「偵察士長に限ってそれは無いと思いたいですけど…」

82車長「やめようぜ…俺達が口出しすることじゃない。本人達に覚悟があるならな…」


一方、北西方面偵察隊も帰路についていた
高機動車には物資が満載されている

隊員C「あーあ、こんなにもらっちまって。
    これで俺達はめでたく連中のお仲間、いや、露払いってわけだ。」

後部座席で物資に埋もれた隊員Cが愚痴る

同僚「隊員C、いい加減にしないか。彼らは私達の協力を必要としているし、
    私達も彼らの支援が必要なんだ。」

隊員C「違うね、そりゃ俺達にしてみりゃどっかからの支援が必要なのは確かだ。
    だが、連中は違う!
    聞きゃ、立てこもってる連中は百人程度、それを五百人以上が包囲してるって話じゃねぇか。
    本当に俺等の協力が必要か?奴らは異邦人である俺達を盾に使う気だ!
    俺等の孤立無援の立場を知って利用しようとしてんだよ!」

同僚「もういい、黙ってろ!」

隊員B「隊員C、お前よくそんなこと思い浮かぶよな…」

支援A「二人共、隊員Cの気持ちも分かってくれや。ガラスのハートの秀才様は、
    常に疑ってかからないと不安でしょうがねぇんだ。」

支援Aはふざけた調子で二人に説明した

隊員C「うるせぇ、お前は黙ってろ支援A!」


再び、東方面偵察隊

自衛「それでよ、結局あの薬はどういう理屈だったんだ?」

自衛が地図を見ながら衛生に聞く

衛生「魔法による効力が大きいので、全部は説明できませんが…
   薬の成分の大半は雷属性の魔法結晶の粒子らしいんです。
   使用には、まず大前提として対象者が死んでいる必要があります。
   そして死体の傷口から薬を投与、粒子を全身に行き渡らせます。
   全身に行き渡った粒子は電線と同様の働きをします。
   そこに術者が電撃魔法を送り込めば、粒子が継続的に神経と筋肉を刺激し、
   死体は再び動き出す。意思なくして動くゾンビの誕生です。」

自衛「もっともらしく聞こえるが…かなりのトンデモ理論だな。」

衛生「全くです、本来なら電気ショック程度で死体が再び活動できるわけが無い。」

自衛「だいたい死んで血流が止まってるのに、どうやって薬を全身に
    行き渡らせてるんだ?」

衛生「術者の念動により、粒子そのものを操れるらしいですが。」

自衛「ふざけてやがる。」

衛生「本当に…」

偵察「そういや、あの魔術師のねーちゃん、いずれは空気感染可能にするとか言ってたぞ。
   死んでることが前提だってのにどうする気だったんだ?」

衛生「おそらく気化性にして毒物でも混ぜ込む気だったんでしょう。
   なんにせよ、早期に事態をとめられたのは不幸中の幸いでした。
   勇者が村で回収されたものは、全て焼却処分されると言ってましたから。
   もう、世に出ることもないでしょう。」

偵察「あれでも、世界を思っての行いだってんだから…やりきれねぇ話だな…」
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